思い切って距離を詰めて

あなたに幸せになってほしい。

『八日目の蟬』 角田光代 感想

 今回は角田光代さんの『八日目の蟬』の感想です。2010年にドラマ化、2011年に映画化された作品です。ちなみに、私はドラマ化も映画化も知りませんでした。
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読んでいて、東野圭吾さんの『手紙』を思い出した。被害者と加害者、その家族たちなど、ある事件を中心に関わりのある人たちを描いている作品。
『手紙』と違うところは、薫が被害者でありながら、被害者だとは知らずにに希和子を本当の母親だと思っているところ。1章で、希和子と薫の、本当の母娘であるようなふれあいを見せて、2章でその関わりがガラッと変わるところが面白かった。
また、1章では希和子の視点、2章で薫の視点に変わるところも、メリハリがあるし、2章では薫と同様に読者も罰を受けている希和子から距離をとるような形になるのが面白い。
2章の最後では、また希和子の視点に戻るが、読者が気になっているところを見せてくれたなという印象を受けた。

1章では、希和子の薫と共に生きていこうという強い気持ちと、自分では薫を幸せに出来ないのではないかという不安が、ずっと描かれていた。誘拐がいけないことだとは分かっているが、ここで希和子に同情しない人はなかなかいないのではないだろうかと感じた。母になったこともない私でさえ、希和子の複雑な感情を受信してしまい、希和子頑張れと応援してしまった。母になったことがないからこそかもしれないが。母になったことがある人は、人の子を誘拐する希和子に怒るのだろうか。気になるところだ。
2章で、本当の家族の元に帰ってきた薫が幸せになれないところもまた、希和子を応援したくなる要素だったと思う。
血のつながりだけが全てなのだろうかと考えさせられる作品だ。誘拐などされなくても、薫はこの家庭で幸せに過ごせなかったのではと考えると、血がつながってなくても本気で薫を愛してくれる希和子と一緒にいるほうが薫にとっては幸せなのではないだろうか。
八日目の蟬は幸せなのだろうか。千草の「つらいことばっかりじゃない」という言葉がとても心に残っている。八日目の蟬は、他の蝉より悲しいことも多いが、楽しいことも多いと思いたい。

個人的に、一番好きな場面は、薫が、希和子と離れ離れになる瞬間に「この子はまだ朝ごはんを食べてない」と希和子が叫んでいたことを思い出すところ。全然分からないが、母親ってこういうものなのかなと思った。子供がお腹いっぱいであることが幸せに繋がるような気がした。


1章では、それぞれに日付けがついていたため、希和子が書いた日記なのかと思って読んでいてたが、どうだったのだろうか。関係ない?
また、最後、希和子と薫はお互いに気付いてはいないが、すれ違う。ここは、少し予想通りすぎたような気がする。ずっと面白かったので、少し残念だった。

最近、親が子供を傷つけたりと悲しい事件が多い。家族の1つの形として、母の1つの形として、家族のことで悩んでいる人にぜひ読んでもらいたい。
そう言えば、26日の金曜ロードショーが「八日目の蟬」らしい。偶然のタイミングに、びっくり。バイト終わりに見れたら嬉しい。

角田光代さんの『空中庭園』を以前、授業で読んでとても面白かったので、今回他の作品を読めてよかった。
久々に本を読んで、やっぱり本好きだなと改めて感じた。